池ノ辺直子氏インタビュー
(株)バカ・ザ・バッカ代表取締役社長
誰もが見ているけれど、本編の影に隠れがちな「映画予告編」。むかしの予告編は、監督が助監督に、トレーニングも兼ねて創らせる場合が多かったと聞くが、最近は専門の会社が請け負って創る場合が多い。今回は、その予告編を制作している企業の中の一つ、(株)バカ・ザ・バッカの代表取締役社長であり、予告編制作の第一人者のひとりでもある、池ノ辺 直子さんに予告編というものについてのお話をお伺いした。
誰もが見ているけれど、本編の影に隠れがちな「映画予告編」。むかしの予告編は、監督が助監督に、トレーニングも兼ねて創らせる場合が多かったと聞くが、最近は専門の会社が請け負って創る場合が多い。
「予告編集は“広告”か?“作品”か?」
そもそも予告編というものは、映画本編を宣伝するために生まれたツールではあるが、予告編制作にも知恵も才能もお金も投入されており、クリエイターのこだわりが入った一つのれっきとした「作品」なのだ。では、その予告編の制作サイドの意識は、どちらの方にあるのだろうか?
池ノ辺さんは、こう語る。
「やはり予告編というものは、本編がないとどうにもならないし、予告編だけ先行してしまっていてもなんにもならないですよ。やっぱり予告編がおもしろい、すばらしい、観に行きたいというところがあって、本編という商品がどれだけ劇場に流れ、お客さんが足を運ぶかというものだと思っているので、良質な洋画や邦画をいかにお客さんにお金を払って見たいと思わせるかという点に意識をおいていますね。だから、やはり広告という意識の方が高いです。でも、本編という「材料」をどうやって違うものにしていくか、アピールできるかっていうところなどの部分では、やはり作品という意識も少なからずありますね。」
池ノ辺流、「いい告知」、「悪い告知」
「そうですね、いい予告編、悪い予告編っていうのがあるとしたら、やはり大ヒットするのがいい予告です!例えば、本当にいい仕上がりで出来上がって、『これは予告編としては、いいよねぇ。』ってものでも、それがヒットしなければやはり結果的に『悪い予告編』ってことになっちゃいますね。ただ、予告編としては悪いですけど、一つの作品としてはいい予告編であったりもしますけどね。」
日本人の流行りと特徴
予告編を通して、お客さんに「本編が見たい」という気持ちになってほしいということは、予告編制作者にとっての思いでもある。その点では、いかにお客さんの気を引くか、注目を集めるかという点が重要になってくる。では、日本人特有の流行りや特徴みたいなものは存在するのだろうか。
「やっぱり一番好きなものは感動したり、泣かせに作ったり、ラブストーリー仕立てにしちゃうとか。それはなぜかというと、女性が入る作品が大ヒットするからですよ。女性は人を連れて行きますので、予告編や映画は、特に『女性にどれだけ受けるか』がカギですね。」 こうした市場特性があるためか、日本人受けするように、洋画アクション映画を日本人好みのラブストーリー調に仕上げる場合もあるようだ。
世界から見た、日本の映画市場の評価
現在、日本での映画への関心は、徐々に高まってきて、市場も拡大している。では、世界からみて、日本の映画や映画市場はどのようにみられているのだろうか?
「例えばハリウッド映画なんかは、ハリウッドで作ったものを上映する場所として、アジア、ヨーロッパ、カナダ、そして本国のアメリカなどがあるのですが、日本だけは、アジアのグループに入っていなくて、『日本のマーケット』というものが存在するんですよ。それはなぜかというと、日本はマーケティングがしっかりしていて、興業成績がすごくいい、そしてなにより、日本人の感性が世界的に見て独特であるということなどから、唯一アジア圏に入っていない別の分野になっています。そういったことから、日本だけは『日本用の予告編』というものをつくっていいよと、ハリウッドから言ってきますよ。」
このような特別の市場だからこそ、日本で作られる予告編には特別の味付けがあるだろうし、予告編の本国版と日本版の比較も面白そうだ。
戦いがない作品はダメ!
依頼元である本編制作会社と予告編制作会社で一つの作品を作り上げていくということは、二つの組織の共同作業、あるいは今、流行のコラボレーション作業である。では、作り手と依頼主との衝突といったような場面はないのだろうか?
「やっぱり、クライアントとの衝突は絶えませんね(笑)でも、何事もなくスムーズにいく作品が必ずしも良い作品とは限らないですよ。予告編を制作するにあたって、自分のこだわりを取り入れたいのですが、今の日本人の特徴や流行を捉えて作らないといけないという葛藤やクライアントとの意見の衝突とかもありますね。でも戦いがあるからより良い作品が出来るんです!!それに場合によってはプロデューサーが『この映画はここが特徴でこういったところを強調したいですよ』と、説得されて、それに私が納得する、あるいは納得させられるようなこともありますね。」
一つの作品を創り上げていく上で、クライアントとの衝突は避けられないようだ。しかし、その衝突がよりよい作品を生み出していくきっかけになっているようだ。
「今、予告編集制作者に求められる姿勢とは?」
新しい媒体が次々と生まれる時代にあって、時間(尺)の短い映像への需要は高まるばかりである。短編映画に対する新しい息吹はいたるところで見られるし、CM映像もエンターテイメント性と芸術性の強いものが増えてきている。そんななかで、映画の予告編は完成度の高い尺の短い映像の代表格であろう。それを創り上げるクリエイターには、これからどのような才能がもとめられるのだろうか?
「本編の作り手や予告編の作り手も同じで、お客さんの貴重な2時間あまりの時間を、費やしてもらって、1つの作品を見てもらい、そして感動してもらいたいのですよ。そのためには、今のニーズにアンテナをはって、いろんなことに対しての興味を持つこと、流行を知ることが課題です。」
予告を残していきたい!!
映画の予告編というものは、著作権上の理由で今まで作られてきたものは、廃棄されてしまう。そんな状況を、創り手側はどう思っているのだろう?
「予告編というものは、本編と違って、宣伝期間が終わると著作権の関係で流せなくなってしまうのですよ。正直、自分としてはこれからも予告編をアーカイブしていきたい。そうすることによって、10年、20年経った後の新しいクリエイター達が、それを見ることによって勉強できると思うんですよ。それからあと、時代背景ですね。その当時、こういうことがあったとか、何が流行っていたかなど、いろいろわかることもあると思うんですよ。音楽とか映画って、おのずと世の中を反映したものが出来てくるじゃないですか。そういう意味でも、ぜひ予告編というものを残していきたいと思っています。」
創り手として、自分達の作品を後生に残していきたいという気持ちが強く伝わってくる。予告編をアーカイブ化しても、短期的には事業ベースにすることは難しいかもしれない。しかしそこに池ノ辺さんが指摘するような社会性が広く認識されれば、そのアーカイブは”図書館”と同じような社会使命を帯びることになるだろうし、そのアーカイブがより多くの人に利用できるものになれば、多くの図書館が公的資金によって維持運営されているように、社会的な支援を行う価値も見えてくるのではないだろうか。
取材日:2005年7月5日
取材応対者:株式会社バカ・ザ・バッカ 池ノ辺直子氏、小林一三氏
取材者:映像産業振興機構 上川 重久
千葉商科大学 商経学部 内山 隆 ゼミナール
年セミナール生 中川 壮登、高橋 圭佑、小松崎 誠、古屋 和義