早川和良氏インタビュー
(株)Camp KAZ 代表取締役 ディレクター
何気なく観ていたテレビなのに、思わず目を引きつけられてしまうCM。その裏には、人間の心理を考え抜いたプランがあった。商品が前面に出なくても、心の中にずっと残るCM。派手なつくりではないのに、心にインパクトを与えるCM。そんなCMは、どのようにつくられているのだろう。
WORKS of KAZUYOSHI HAYAKAWA
最近の主な作品
- キリンビバレッジ キリン生茶
- キリンビール キリンラガービール
- 富士写真フイルム あしたに続く写真 宮里/闘莉王/杉山篇
- ダイムラー・クライスラー日本 メルセデスベンツ
- シャープ シャープ太陽光発電システム SUNVISTA
- 明治製菓 明治アーモンドチョコレート
受賞歴
1984年 | 第34回カンヌ国際広告映画祭銅賞 SONY リバティーCD ウィリー・ネルソン |
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1989年 | フジ・サンケイ賞テレビCM大賞 JR東海 ハックルベリー・エクスプレス |
1989年 | 第42回広告電通賞テレビ広告電通賞 JR東海 ハックルベリー・エクスプレス |
1990年 | 第29回ACC全日本CM大賞 JR東海 クリスマスエクスプレス |
1990年 | ADC賞 JR東海 ハックルベリー・エクスプレス 夏休み |
1990年 | 第37回カンヌ国際広告映画祭銀賞 ライオンクリニカ ザ・ロンゲストデイ |
1991年 | 第30回ACC全日本CM大賞 JR東海 新幹線エクスプレスキャンペーンファイト/ハックルベリー/クリスマス |
1991年 | The Asia Pacific Advertising Awards 金賞 ライオンクリニカ わんぱくマーチ |
1991年 | The Asia Pacific Advertising Awards 銀賞 ライオン企業 花嫁の父 |
1992年 | 第39回カンヌ国際広告映画祭金賞 ライオンクリニカ わんぱくマーチ |
1996年 | 第36回国際放送広告賞(IBA)実写非英語部門賞 東芝情報通信機器 いちばん好きなのは |
1997年 | 第39回ニューヨークフェスティバル国際広告賞金賞 東芝情報通信 OurSong |
1998年 | 第40回ニューヨークフェスティバル国際広告賞銅賞 日本マクドナルド 企業 ゆれる心 |
2001年 | 第41回ACC銅賞 キリンビバレッジ 聞茶 茶館/キャッチボール |
2003年 | 第43回ACC銀賞 サントリー和茶 桜の告白/潮騒 |
自分にとっては彫刻もCMも、面白い“ものづくり”だ
ストーリー性のある、まるで短編映画のようなCM。”次回はどうなるんだろう”と、まるで連続ドラマのように〈つづき〉に期待してしまうほどのCM。そんな魅力的なCMは映像のイメージと共に、その商品をいつまでも私たちの記憶に残していく。
例えばキリンビバレッジの〈生茶〉のCM———松嶋菜々子さん扮する着物姿の若女将が、足袋を脱いだ開放感のなか、〈生茶〉を飲んでほっと一息。それを観ている茶の間の私たちは「おいしそう」と、すぐに商品を買いに行きたくなってしまう。このCMに登場する女将は、湘南育ちのモデル出身、東京の下町娘が伝統にうるさい京都に嫁いでいるという設定まで出来上がっている。
女優・松嶋菜々子の実像に少しずつかぶせながら、
つくられたストーリーは松嶋さん自身の魅力を引き出し、
それによって商品もイキイキと輝いてみえてくる。
この〈生茶〉シリーズのCMを手がけているのはCMディレクターの早川さん。これまで人間の心理をついたエモーショナルな作品を数多く手がけ、人の心に残るCMをつくり続けている早川さんが、はじめてCMに興味を持ったのは70年代のことだったという。
「ちょうどその頃、美術学校に行って彫刻を学んでいました。卒業したら自立しなければならない。そう思った時、目に入ってきたのがCMでした」
当時はCMの黄金期。ユニークなCMも斬新に展開されはじめ、これまでクローズアップされていなかったCMの存在が、人々の注目を集め始めた頃だった。なんて面白そうな世界なんだろう———自分がつくったものが形になり、みんなに見てもらえる喜び。それは彫刻でもCMでも同じだった。
シンプルで、起承転結のあるCMは素晴らしい
CMプロダクションを受け、合格した早川さんは、最初はアシスタントをしながら、CMの企画を立てていたという。描いたコンテが良ければ演出させてもらえるというシステムのなか、早くも入社後半年にして演出するチャンスが訪れた。分業化の進んだ今では、CMのコンテを描き、プランを練るのは広告代理店のプランナーであり、それを演出するのがディレクターというケースが多い。しかし当時は自らコンテを描き、プランニングし、演出した。 「もう、大失敗でしたね。周りからも“早川は、辞めたほうがいいんじゃないか”と言われて、肩身の狭い思いをしていましたよ(笑)」 思い通りにいかなかった最初の仕事。どうすればいいCMがつくれるのか…。早川さんの追求がはじまった。
いいモノを観る。そこから始めました。
カンヌの受賞作品やACC賞受賞作品など、たくさん観ましたね
「なぜいいのか、その良さを考えました。その時わかったのは、やはりCMの良さはメッセージがシンプルであるということ。そして伝えたいことを伝えるためには、15秒だろうと30秒だろうと、イントロがあって起承転結がきちんとあるものが、しっかりしていて素晴らしい。そこに改めて気づきました」
靖クライアントやプロデューサーの意見を反映させることばかりを先行させず、自分の世界観をハッキリ出していくのも大切だということも学んだという。基本に立ち戻り、新たなスタートを切った早川さんは、3作目のCMでは賞を受賞するまでに腕を上げていた。しかし早川さんの仕事のなかで、最大の転機となったと言われているのは85年に放送された、斉藤由貴さん出演の〈カルピス〉のCMである。真夏のさんさんと照りつける夏草の生える原っぱを、斉藤由貴さんが自転車をこぐ後ろ姿…、カルピスを飲む斉藤さんの真っ黒なシルエット…。アイドルが商品を片手に微笑むといった、アイドルを絡めてダイレクトに商品を見せるCMが主流だったその頃、アイドルを後ろ姿やシルエットでとらえた、映像美あふれるCMは話題を呼んだ。そして、そのCMに盛り込まれている〈夏のストーリー〉も、人々の心に残った。
「自分の幼い頃の記憶や、夏休みの体験もオーバーラップしてます。自分の歴史と無関係に作品は出来ないんです。カルピスでは好きなことをやらせていただきました。世界観を共有できるクライアントさんと手がつなげた時、いい仕事ができていくのだと思いました」
人間誰もが共感できること、それをベースに考えていく
ストーリー性や映像を重視したCM。〈カルピス〉のCMは、まさに今のショートフィルムのようなCMを生み出すきっかけとなったと言っていいだろう。一見、宣伝したい商品とは無関係なストーリーを観ていても、なぜか私たちの心にその商品が残る。それだけではない。懐かしさや、忘れかけていた感情のようなものまでをも思い起こさせる力のあるCM。早川さんは言う。
「どうやって違うものを商品と結びつけるか、ということです。
〈生茶〉の仕事で言うと、去年は松嶋さんの足をリラックスさせるということが、ひとつのテーマでした
例えばベンチに座って下駄を脱ぎ捨てた時の気持ちよさ。それは商品とは直接関係ないですが、そういう開放感は、みんなが知っている、想像できる気持ちです。人間が誰でも思うことと商品とを結びつけられればいいと考えています」
人間誰もが共感できることをベースに考えるということ。商品からモノゴトを考えがちな広告代理店のプランに対し、違う方向性を提供することもまた、演出家としての仕事だという。
“人はこういう時に、こういう気持ちになる”とか“こういう時にはむしろ笑ってしまう”というサイコロジーを学ぶことはとても大事だと思います
「映像の心理学もありますね。同じ人間でも“こっちから撮ると楽しそうに見える“とか。それは直感でしかないのですが。自分がどれだけの経験を積んできたかに関わることかもしれません」
商品からではなく、人の心からまず考える———そうして早川さんの手により、魅力的なCMはつくり出されている。これからのCMの世界は、どのようになっていくのだろうか。早川さんに訊いてみた。
「例えばCMを飛ばすレコーダーも出てきてます。前途洋々というわけではないと思いますが、世の中が経済活動をしていくために、広告活動は必ず必要。CMに将来はあります。ただ、面白いCMをつくっていけないと、今後は生き残っていけないでしょうね。だから逆にすごく面白い時代になってくるのではないでしょうか。
CMというものは、消費者のみなさんに〈今〉をメッセージしている。そこに大きな魅力があると思いますね
新発売だったり、今こういう商品が流行っているとか、そういうことは私たちが暮らしていく上で知りたいことですよね。どういう商品が出ているのか、どういうメーカーがその商品を出しているのか…。CMというものは、私たちに〈今〉を運んできてくれるものなのです」
取材:映画専門大学院大学設立準備委員会
取材協力:『映画・アニメ・CMの全仕事』編集部
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