明田川進氏インタビュー
株式会社マジックカプセル 代表取締役
設立間もない虫プロからキャリアをスタートさせた明田川さんは、日本の音響監督の第一人者であり、日本のアニメを黎明期から知っている人でもある。手塚治虫氏が自ら総監督を務めた『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』では、氏に指名されてプロデュースも手がけている。アニメ史に残る大友克洋監督作品『AKIRA』の音響は、今でも多くの人の耳に残る。つい映像に目がいきがちのアニメにおいて音の存在感を示したのは、明田川さんの功績でもある。
明田 川進 氏 プロフィール
有限責任中間法人 日本音声製作者連盟 理事。虫プロダクション、グループ・タック、サンリオ、手塚プロダクションを経て、現在マジックカプセル代表取締役。『AKIRA』『火の鳥2772』『銀河英雄伝説』などの劇場映画をはじめ、テレビシリーズ『リボンの騎士』『元祖天才バカボン』『佐武と市捕物控』『ぼのぼの』『カスミン』『名探偵ポワロとマープル』『わがまま☆ファミリー!ミルモでポン』『新釈 眞田十勇士』などで音響監督を務める。『ユニコ』『火の鳥2772』『幻魔大戦』ではプロデュースを手がける。
虫プロ設立を新聞で知り、手塚治虫の自宅を訪ねる
約40年前の話である。経済学部の学生だった明田川さんはある日、教科書代わりに読んでいた日本経済新聞のあるベタ記事に目を留める。記事は手塚治虫さんが動画制作のプロダクションをつくるという内容。子どもの頃から手塚漫画の大ファンだった明田川さんは「何が何でも入りたい」という思いを膨らませ、数日後には手塚さんの自宅を訪ねていた。手塚さん本人に膨らんだ気持ちを伝え、制作部長と面談するが、一つ障害があった。
「明日からでも働ける人材が欲しいとのことでした。けれども、私はすでに大学の4年だったので中退はしたくなかった。いろいろ話し合った末に、それまでにほとんどの単位は取り終えていましたから、卒業試験だけは受けさせてもらうことを条件に在学中から働き始めました」 虫プロに入社し、しばらく制作進行や設定制作などを務めた後、音響セクションへ。『ジャングル大帝』などの助手を経て、『リボンの騎士』『佐武と市捕物控』などの作品で早くも音響監督を任された。
「この頃に体験したことは、私の原点です。いい勉強をさせてもらいました。たとえばBGMは、今のような“貯め録り”のシステムではなくて、作曲を担当していた冨田勲さんが仕上がった映像を見て、一話ごとに音楽をつけていた。ラッシュフィルムに合わせて演奏してもらって、それを録るんです。手塚作品だからできた表現の豊かさです」
考えること、こだわること。明田川さんの身上はこの頃に培われた。
レクイエムをキーワードに「AKIRA」の音響をゼロからつくる
その後、明田川さんは虫プロを独立し、同僚の田代敦巳さん、杉井ギサブローさんとグループ・タックを設立。後にサンリオに転じ、『MAGIC CUPUSULE Godiego』を製作。また、手塚治虫作品の『火の鳥2772 愛のコスモゾーン』、そしてジャパニメーションの先駆けと言われる『幻魔大戦』などの劇場アニメのプロデューサーとしても手腕を発揮。同時にアニメに対する独自の視点、哲学を養っていった。
数年後、この『幻魔大戦』のキャラクターデザインで一躍注目を浴びた大友克洋さんの初監督・脚本作品『AKIRA』の音響監督を担当することになる。明田川さんにとっても、印象深い仕事となる。
「奇しくも『幻魔大戦』に登場した吉祥寺で、大友さんと初めての打ち合わせをしました。大友さんはそれまでのアニメ制作の固定観念をぶち壊そうとしていて、ゼロから組み立てるわけですから、これは大変なことになるぞと思いましたね。その打ち合わせで大友さんから“レクイエム”というキーワードをもらった。加えて『AKIRA』の中に“破壊”というテーマを読み取り、この二つの要素から音楽に芸能山城組を起用することを考えました。ビクターの全面協力も得て、非常に豊かな環境で仕事ができました。私は3カ月間スタジオにこもりっきり。シーンによっては山城祥二さんが作曲した音楽を複雑に組み合わせたりしています。効果音もたとえば、『AKIRA』のシンボルでもある、あのバイクの音は、ビクターの駐車場に本物のハーレーダビッドソンを持ち込み、スタジオの屋上からマイクで拾った音に、スタジオでジュゴク(竹ガムラン、バリ島の楽器)で効果音を足しながらつくりました。本物だから出せた音の空気感です。セリフと絵の関係も通常のアフレコではなく、声優の芝居を先に録って、それに合わせて絵をつけています。キャラクターの口の形とセリフが合っているのはそのためです。“既存のセリフと絵の関係とは違うものを”という、大友さんの強いこだわりでした」
明田川さんは、「この『AKIRA』の仕事で音響監督としての自信を持った」という。当時の明田川さんはすでにベテランの域に達していたが、それまでは求めるレベルが高いのか、試行錯誤を繰り返すばかりだったという。その試行錯誤を収斂できたのが『AKIRA』だった。 「『AKIRA』では、自分の考えたことが全てかたちにできた感覚がありました。大友さんはあるコンセプトを提示すると、後は任せてくれる監督。それもありがたかったです」
音響技術の進歩は、音響表現の可能性を広げる
明田川さんがアニメに関わってきた約40年の間に、音響技術は大きく様変わりした。作業はほぼデジタル化し、音はどんどんよくなり、Protoolsの中で5.1サラウンドの音の世界さえもつくれる時代だ。明田川さんは音響監督の仕事ももっと面白くなるだろうという。
「音響監督の仕事の本質は、監督のイメージを音響面で実現し、音でいかに全体の世界観を補強するか、です。そのためにはアイデアの引き出し、表現の巾を持っていることが大事です。技術的にはなんでもできる時代で、選択肢は広がっています。だからこそ、“考える”ことが一層大切になりますね」
最近は安易に音をつけすぎるきらいがあると、明田川さんは言う。最初から最後まで音が鳴ってないと不安なのかなと、演出家の心持ちに思いを馳せるが、逆に平板になっていると指摘する。 「音が鳴ってない時間も、音響の一部なんです。それが作品にメリハリを生むし、豊かにする。若い人はもっと自由に考えていいと思いますよ」
アニメ音響の仕事の広報活動や人材の育成にも意欲的。音響の仕事を、そして日本のアニメを愛する人だ。
明田川さんも登場するジュニア版『アニメ・ゲームの全仕事』は、理論社から2月下旬発売予定です。
取材:映画専門大学院大学
取材協力:『映画・アニメ・CMの全仕事』編集部
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