映画ファンのための映画アーカイブ最新事情――知られざるノンフィルム資料の価値
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映画には、それにまつわる多くの資料が存在します。私たちの生活に近いところにあるポスターやパンフレットなどのフィルム以外の映画資料はノンフィルム資料と呼ばれ、映画制作の背景や工程、流通を知るための重要な資料としてアーカイブに収蔵されています。このノンフィルム資料の保存と利活用方法、今後の課題や期待などを、独立行政法人国立美術館 国立映画アーカイブ(NFAJ)主任研究員の岡田秀則氏に伺いました。
- 岡田秀則氏 (国立映画アーカイブ 主任研究員)[略歴]
(以下、敬称略)
ノンフィルム・アーカイブの重要性を広め利活用してもらう
- ◆ノンフィルム・アーカイブとは
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槙田 ノンフィルム資料の内容とアーカイブの一般的な状況を教えていただけますか?
国立映画アーカイブ常設展
「NFAJコレクションでみる 日本映画の歴史」岡田 ノンフィルムには、スチル写真、ポスター、シナリオ、プレス資料、図書・雑誌、映画人の遺した資料などの紙資料、そしてカメラや映写機といった技術資料など数限りなくあります。現在、徐々にその価値が理解されるようになってきたと思います。
映画の遺産と言えば、ほとんどの方がまず映画フィルムそのものを想像するでしょう。私たちもフィルムセンター時代から映画フィルム自体を保存することをミッションとしてきました。そのため、ノンフィルムの分野は後回しにせざるを得ませんでした。これは、実は世界的に先進的なフィルムアーカイブでも同じ状況であることが、後に海外のアーカイブを調べてみて分かりました。しかし、1990~2000年代あたりから、ヨーロッパなどのフィルムアーカイブはノンフィルム資料にも本腰を入れ始めました。
一方、かつての日本ではフィルムアーカイブもそのような状況でしたし、元々映画業界にもノンフィルム資料を大事にするという発想が薄く、むしろ一部のコレクターの方々がずっと人知れず収集を頑張っていたのです。
例えば、国立映画アーカイブのノンフィルム資料の柱とも言える「みそのコレクション」は、その典型的な例です。御園京平さん(1919年~2000年)は、生涯を映画収集に捧げた方です。ポスター類は生前に、それ以外の品は遺言に従って、ご遺族からご寄贈いただきました。そのコレクションは、ポスターのほか、戦前・戦中期を中心とする映画雑誌、スチル写真その他さまざまな資料から成り立っています。コレクターさんが奮起していた時代を超えて、ようやく私たちのような公的な組織にバトンタッチされるようになったのです。
槙田 ノンフィルムの収蔵数(2019年3月末現在)は
・映画関係図書(和書) 43,604点
・映画関係図書(洋書) 5,316点
・シナリオ 約47,000点
・ポスター 約59,000点
・スチル写真 約733,000点
・プレス資料 約65,000点
・技術資料 約700点
となっていますね。
岡田 大半は登録されましたが、まだ終わっていません。しかも、世の中には廃棄されてはならない重要資料がまだまだ多く、現在も次から次へと資料を受領しています。そのようなわけで膨大な数の資料が未整理のままなのですが、目録化を担当する人材と収蔵場所の不足という問題を抱えています。
- ◆ノンフィルム資料で映画の文化・コンテクストを知る
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槙田 ノンフィルム・アーカイブの意義を伺ってもよろしいですか?
岡田 “映画”という文化全体を考える時、フィルムを残し、それを見るだけでは映画を理解したことにはなりません。
まずは、映画が作られるまでの過程を考えてみれば、脚本家の生原稿から製本されたシナリオ、美術監督のデッサンや図面、製作資料や監督のメモ書き、アニメーションのセル画、カメラや撮影に関わる資料など、それぞれの職能ごとに資料が存在します。
また、映画が完成してからも膨大な量の紙資料が制作されます。世の中に流通させるためには宣伝が欠かせないため、ポスターや宣伝用のスチル写真、プレスシート、映画パンフレット、個々の映画館にかかわる資料も無数にあります。
国立映画アーカイブ常設展 左より<トーキー革命へ 1930年代>、<第二次大戦後の黄金時代1945年~1950年代>、<日本のアニメーション映画>のコーナー
槙田 その全てから映画という文化が成り立っているわけですね。
岡田 はい。最近では、映画の歴史を考える際に「映画館」という場所への注目が集まっています。現在、多くの映画館はシネマコンプレックスですが、近代史の中で、映画の初期からそれまでの時期の映画館とはどのような空間だったのかを、本格的に検討する時代になりました。昨年には、建築史家の藤森照信先生が明治・大正期から昭和初期までの映画館建築を初めて考察した本『藤森照信のクラシック映画館』を出版されました。
槙田 映画全盛時代は、各地域で映画館は時代の先端にあり、中心的なものでしたよね。東京以外にも豪華な映画館がたくさんありました。そしてそこを中心に地方文化が構成されていた面もありました。
岡田 そうですね。映画が娯楽の一形態であることは間違いありませんが、同時に芸術という側面も持っています。
映画のポスターは、今ではあまり街中には貼られなくなりましたが映画館の壁には盛んに貼られていますし、映画のスチル写真は新聞・雑誌や、今ではネット上に掲載されています。それらはたとえ映画を観なくても目にするものであり、世の中で多くの人たちの視線に触れています。私たちの暮らしの中に存在しているという意味で、ノンフィルム資料はむしろ“生活文化”だと考えています。
展覧会を通じて日本の映画文化を発信する
- ◆日本独自の映画パンフレット
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国立映画アーカイブ
館内事務室 壁面岡田 先ほどもお話しました通り、1995年から当館は展示室での事業を始めました。また2000年に映画資料を専門的に扱う部署を持つようになりました。私が映画資料や展覧会に関わり始めたのは2007年からです。展覧会については、企画展の発案や運営を行っているほか、2011年にはそれまでの常設展を「日本映画の歴史」としてリニューアルしました。
「日活映画の100年 日本映画の100年」や、「生誕110年 映画俳優 志村喬」などは、映画会社や監督、俳優と映画の歴史の中で非常に大切で意味のある展覧会です。
槙田 岡田さんが企画された展覧会の中には、映画館の写真「写真展 映画館 映写技師/写真家 中馬聰の仕事」、映画の本(「シネマブックの秘かな愉しみ」)、映画雑誌(「映画雑誌の秘かな愉しみ」)、映画パンフレット等、映画の資料をそのまま主題とした企画がありましたね。しっかりと展示されていて大変興味深かったです。
岡田 2011年の「映画パンフレットの世界」は、映画資料そのものに関心を持っていただきたくて開催しました。誰でも映画館で買えるものですから、パンフレットを集めていた方は多いと思います。映画ファンの方々にとても身近な映画資料なので、その世界を探求したいという想いがありました。
「映画パンフレットの世界」チラシ槙田 パンフレットの例でわかるように、日本人は紙物に対する偏愛のようなものがありますよね。ミニシアター系のパンフレットは内容がとても詳しく、日本人の知的欲求はすごいと思いました。
岡田 映画を観た後にパンフレットを買うという文化は日本以外にはほとんどないです。このメンタリティは特徴的ですね。
映画資料にも、それぞれの国ごとに特徴があって面白いですね。例えばフランスやイタリアには映画のスチル写真を使って作られた、一種マンガのようなコマ割りを持つ『シネロマン』という冊子があり、書店で売られていました。
槙田 ノンフィルム資料の接点部分を見ていくと、文化比較にもなるのですね。
岡田 当館では、ノンフィルム資料の中でもまずポスター、スチル写真、シナリオの整理を優先的に進めてきたので、映画パンフレットは受領しても箱を開ける余裕さえなく手つかずになっていました。しかし2008年に閉店する渋谷のシネマショップから多くのパンフレットをご寄贈いただいたことがきっかけで、スタッフに奮起してもらってリスト化して図書室に置き、かなりの数がいつでも閲覧できるようになりました。書店では売られない映画パンフレットはISBNコードがないため、出版界では正式な書籍とは見なされていません。国会図書館にもあまり集まらないので、「私たち映画専門の資料館がやらないで誰がやる」という使命感がありました。ただし、同じ作品でも複数の版があったり、リバイバル上映ごとに発行したりするなど、映画パンフレットには独特の出版文化があるので、探求すればするほど深い世界だと思います。
槙田 地方版も作成していますよね。
岡田 パンフレットが現在の形態で劇場で売られるようになったのは1947年の有楽町スバル座からです。それまでのものは「映画館プログラム」と呼ばれ、映画館ごとに薄いものを作り無料で配布されていました。映画資料そのものが、どのような位置づけで作られていて、どのような歴史をたどってきたのかを理解しないと、正しいアーカイビングはできないと思っています。
- ◆国内外で横のつながりを持つ重要さ
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槙田 今、ノンフィルム資料はどのように収集しているのでしょうか?
岡田 私たちがフィルム以外の映画資料を集めている認識が高まってきたのか、コレクターや映画会社、一般ファンの方々からのご寄贈が増加しています。さまざまなケースがありますが、映画史を専門とする私たちも知らなかった興味深い歴史的文脈を、そういった寄贈案件を通じて知ることがよくあります。
槙田 岡田さんは、全国で映画資料を所蔵している機関の情報を載せた『全国映画資料館録』をまとめられていらっしゃいますね。
岡田 はい。私は、全ての映画資料が国立映画アーカイブに集まればいいとは考えていません。全国の各映画資料館のそれぞれの強み、どこが何を持っていて、どのような活動を続けているのかを把握して共有し、情報交換できるようにしたいのです。各資料館のネットワークをうまく作ることが一番大切だと思っています。
最近の良いニュースの一つは、VIPOに委託された文化庁事業を通じて京都の東映太秦映画村資料館の所蔵品の活用について新展開があるという話ですね。
槙田 ありがとうございます。VIPOとしても文化庁事業に協力して、京都からスタートして全国の映画資料館をうまくつなぐ活動をしていきたいと思っています。
今後、地方の資料館との共同企画は視野には入っていますか?
岡田 これはまだ夢のようなアイデアですが、各資料館の貴重な資料や私たちの所蔵品を、パッケージ化して巡回展に構成していきたいと考えています。
槙田 海外の展覧会などの受け入れについてはいかがですか?
「ジャック・ドゥミ 映画/音楽の魅惑」チラシ岡田 世界的には映画の展覧会は拡大傾向です。しかし、「スタンリー・キューブリック」展のように世界をまわる大規模な展覧会の受け入れ先が日本にはありません。2015年、森美術館での「ティム・バートンの世界」展が唯一うまく成立した例ですね。こうした企画は、受け入れるだけでも予算がとてもかかります。スポンサーを順調に得るなどして、海外からの企画展が成立するようにしたいです。世界をまわっている展覧会が、日本に来ないのはもったいないです。
槙田 テレビ局主催の「最後のスター・ウォーズ」展もうまくいっていましたね。
岡田 そうですね。2014年の「ジャック・ドゥミ 映画/音楽の魅惑」展は、パリのシネマテーク・フランセーズ*で開催した展覧会を日本用に縮小して企画してくれたものです。
「小津安二郎の図像学」チラシ2009年に私が2ヵ月間シネマテーク・フランセーズの研修生となり、コレクションの中身や運用の仕方など、ノンフィルム事情を学んだこと、そしてその際に築いた人脈がベースとなっています。
*パリにある1936年創立の映画保存機関。フランス政府が大部分を出資し、映画遺産の保存、修復、上映を目的とし、4万本以上の映画作品と、映画関連資料などを所蔵。
槙田 東京の展覧会が海外へ行くこともありますか?
岡田 2013年に開催した「小津安二郎の図像学」は、フランスの映画雑誌『カイエ・デュ・シネマ』にも取り上げられましたし、評価は得られる自信はあるので海外に持って行きたいのですが、各方面の小津関係のコレクションをお借りして成立した企画でしたので、アレンジは簡単ではありません。
ノンフィルム資料の利活用と今後の課題
- ◆デジタル化が、映画資料の利活用と保存性を高める
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槙田 今後の利活用の方向性はどのようにお考えですか?
岡田 今さらかも知れませんが、やはりキーとなるのはデジタル化です。映画資料はただ保存しているだけでは社会から注目されないので、適切なプロデュースが大切です。2014年以来、デジタル化を進めていますが、一番目覚ましい成果が出ているのが、映画雑誌のデジタル化で、現在、図書室のモニターで戦前期の映画雑誌が900冊以上閲覧できるようになっています。デジタル化によって現物を出さずに済むので、保存の視点からも良いことです。これは一番早く結果が出せた成功事例ですね。
槙田 デジタル化後の見せ方を工夫すると、もっと利活用できますね。
国立映画アーカイブ常設展
<第二次大戦後の黄金時代>岡田 そうですね。ポスターのデジタル化も大変意味があります。戦前期の貴重なポスターは、複製品が作れるほどの高い解像度でデジタル化をしています。ポスターの現物は美術品扱いとなるため、湿度・温度環境を守った場所でしか展示ができませんが、現物とほぼ変わらない複製品の作成によって、決められた空間以外でも展示ができるようになりました。
現に、東京駅の地下のギャラリーや、京都国立近代美術館、国立国際美術館(大阪)のロビー、地下鉄銀座駅コンコースなど、小展示を実施して活用場所が広がってきています。
槙田 公共施設でも行っていますよね。
岡田 東京都千代田区にある人気のアートスペース「アーツ千代田3331」では「映画ポスター モダン都市風景の誕生」展を開催し、戦前の日本のモダニズムを象徴するような映画ポスターを紹介するとともに、往年の映画館を紹介するデジタルサイネージを設置しました。
- ◆フィルムアーカイブを身近に活用できるようにするためにすべきこと
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槙田 今後の課題・将来像をお聞かせいただけますか?
国立映画アーカイブ常設展
<サイレント映画の黄金時代 1920年代>岡田 世の中とノンフィルムとの関わりを、もっと身近にするためには、アクセスを簡易にすることだと考えています。
映画会社が著作権を持っている資料は、現物の貸し出しはできても、書籍への画像掲載やマスメディアなどでの公開などは、その会社に許可をとってから、私たちに申請していただく流れになっています。
アメリカには、“フェアユース”という考え方があり、学術論文や非営利の使い方ならば、資料はかなり自由に使えます。日本ではそこまで確立されていないので、業界とアーカイブを利用したい方との交通整理をしていきたいです。
槙田 制度化できれば一般の方が資料に触れる機会が増えるので、振興にもつながりますね。“フェアユース”は個人的にも大きな課題だと思っています。日本の場合はすごく厳しいですからね。
岡田 会社によって対応も違います。論文や研究書に画像が載って注目されることによって、その映画に対するニーズが高まり、最終的にはDVD、ブルーレイの発売や配信につながるようなところまで理解されるといいですね。
槙田 映画研究の本でも、映画の写真が1枚もないことがありますからね。
少し大きな話ですが、ポスターをはじめ、さまざまな画像は目的によって、ある程度自由度が認められたほうが業界としても良いと思える枠組み作りが必要だと思います。
- ◆アーカイブの時代に映画資料をどう残すか
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槙田 最後に、ノンフィルム・アーカイブについて、国、映画業界、映画人に期待することはありますか?
国立映画アーカイブ常設展<特別出品コーナー>
幻に終わった黒澤明監督版『トラ・トラ・トラ』
(1968年)の撮影台本岡田 映画資料の利用をめぐる包括的な制度を作るべきだと考えています。映画資料の著作権にはあいまいなところも多い中、すべてのセクターの方々が議論をするところから始めるべきだと思っています。
それと、お持ちの映画資料を捨てないで欲しいです。貴重なはずの資料が捨てられてしまったという話を聞くことがよくあります。映画資料は持っている方が想像しているよりも文化的・学術的な価値が高い場合があるので、そこは社会全体に広く認識していただきたいところです。
槙田 価値がわからないと、簡単に捨てられてしまう危険性がありますよね。
岡田 そうなると研究者の出番ですね。例えば、映っている人物が誰かわからない写真や、タイトルが変更された作品の資料を読み解ける方の存在は大切です。
私たちの受領資料の中にもアイデンティファイできていない資料が大量にあります。
槙田 時間もかかるし、膨大な資料を見ないとわからないことですね。とにかく根気のいる地味な仕事だとは思いますが、とても重要だと思います。世界のノンフィルム・アーカイブに関しては、世界的にみても、フィルムに比べれば遅れたとは言え、今はかなり活発化していると思います。私たちVIPOもできる限りご協力させていただくつもりです。
岡田 映画の「資料」というと堅苦しく思われるかも知れませんが、実は私たちの生活に深く根ざしたものです。それらを、大衆性と専門性のバランスを取りながら的確にプロデュースすることで、映画そのものの素晴らしさの向こう側に、映画がもたらした豊穣な文化的風景が広がっていることを多くの方に知ってほしいと思っています。
槙田 本当にそうですね。本日はありがとうございました。
(左から)岡田氏、槙田
- 岡田秀則 Hidenori OKADA
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国立映画アーカイブ 主任研究員
- 1968年生まれ。国際交流基金を経て、1996年より東京国立近代美術館フィルムセンターに勤務。映画のフィルム/関連資料の収集・保存や、上映企画の運営などに携わり、2007年からは映画関連資料のアーカイビングと映画展覧会のキュレーションを担当。また内外の映画史を踏まえた論考、エッセイを多数発表している。単著に『映画という《物体X》』(2016)、編著に『そっちやない、こっちや 映画監督・柳澤壽男の世界』(2018)、監修書に『時代と作品で読み解く 映画ポスターの歴史』(2019)など。
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