担当者の熱意が会社を動かす
――日本レコード協会 重村会長が語る360度ビジネスと人材育成の秘訣(VIPOアカデミー「コーポレートリーダーコース」経営者講演より再構成)
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時代における技術革新とともに変化を続け、現在はストリーミングサービスが主流となっている世界のレコード産業。今回は、主にレコード産業の普及促進、違法対策、著作権意識の啓発、技術研究、使用料等の徴収・分配を行っている一般社団法人日本レコード協会会長の重村博文氏に、VIPOアカデミー受講者からの質問を中心に、今後の音楽業界の課題や人材育成、ご自身の仕事に対する考え方などを交えてお話しいただきました。
※本記事はVIPOアカデミー「コーポレートリーダーコース」講演を再構成したものです。
(以下、敬称略)
これからのレコード産業に必要なこと
- ◆アジアでのビジネス展開
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VIPO専務理事・事務局長 市井三衛(以下、市井) それではまずは、重村さんの簡単なご経歴からお話いただけますか?
一般社団法人日本レコード協会 会長 重村博文(以下、重村) 1973年に株式会社講談社に入社し、書籍販売局長や販売促進局長を務めました。2008年に専務取締役としてキングレコード株式会社に移り、代表取締役社長と特別顧問を務め、一般社団法人日本レコード協会理事になったのが2010年です。
市井 それでは早速ですが、ここからは受講者の方たちからの質問を中心に進めていきましょう。
多くの受講者から「アジアでのマネタイズがなかなかできないです」という質問が寄せられました。その点について、ご経験をお聞かせいただけますか?
重村 アジア進出は難しいですね。海賊盤や違法配信の問題もあって、これまでは定着しにくい市場でした。
とはいえ中国市場は昨今、配信プラットフォームがしのぎを削り、昨年の音楽ストリーミングサービスにおける月間アクティブユーザー数が7,111万人と、日本の人口の約半分にも及ぶ規模感です。それにゲームはものすごいですね。ですから、政治的なことは別にして、「市場としてはある」ということです。アジアでは富裕層が急増しています。東南アジアではなかなか儲からないということも言われますが、シンガポール、タイ、インドネシア、こういった国々は常にウォッチする必要があると思います。音楽ではインド、ブラジル、メキシコ。人口が多く、経済的に成長している新興国にはポテンシャルがあります。
市井 確かに富裕層は増えていますね。他に特徴的なことはありますか?
重村 海外展開という観点では、アニソンが圧倒的に強いですね。JASRAC賞の「外国入金(国内作品)」では、直近3年いずれもアニソンの占める割合が非常に高いです。これらの曲を彼らは日本語で歌ってくれます。非常に親日的な方たちが多い。これは1つのチャンスだと思います。
市井 「親日家」が多いというのは大きなメリットですね。
こういう質問もきています。例えば中国と日本の商習慣が異なり衝突した場合、お互いが納得いくようにどう折り合をつけていけば良いでしょうか?
重村 レコード会社が今やろうとしているのは、契約書は英語で交わすことです。英語で両者が全てを了解した契約書で、お互いに厳しく内容を精査し、中国側に違法があった場合は、ペナルティがきちんと課されるようになっています。中国は配信で流しますから、今日本のレコード会社は1曲1曲をバラ売りするのではなく、過去の音源を含めて何千曲以上もの楽曲をまとめて、期限を決めてライセンスしています。その後の新曲についての契約も全部あります。違法対策に関しては、日本レコード協会の中国・北京事務所が窓口となり対応しています。いずれにしても英語で文書を残すのは大前提だと思います。
- ◆360度多角化ビジネスは進んでいる
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市井 他の多くの質問として、これからの音楽産業の変化に関することが多かったのですが、そのあたりはいかがでしょうか?
重村 そうですね。レコード会社の形態がここ5~6年でかなり変わってきました。CDとかビデオ、配信だけでは売上をなかなか確保できない。ここ数年は「CD・DVD・デジタル音楽の販売」を軸としながらも、自分たちでライブを開く、グッズを作る、ファンクラブを運営する、マネージメント機能を担うなど、事業の多角化、360度ビジネスを展開する傾向にあります。
市井 具体的な事例を伺えますか?
重村 2017年から始めた『ヒプノシスマイク』というキングレコードが手掛けた、男性声優による音楽原作のラッププロジェクトは良い例だと思います。「ラップバトル」を主軸に、イケブクロ、ヨコハマ、シブヤ、シンジュクの4つのディビジョンに分け、各キャラクターがラップで戦い領地を広げていくというストーリーです。大人気コンテンツとなり、CD・ライブに加え、漫画・アニメ・舞台等、多くのメディアミックスが生まれています。あっという間にファンが3万人、4万人と増えて、ライブでは、ドームクラスの大きな箱での開催などブームが生まれました。
音楽ありきのプロジェクトでしたが、その後、「音楽からマンガも作っちゃえ」と、講談社系の2つの雑誌に違うストーリーを同時に連載し始めたんですね。そうしたら発売日に売り切れてしまったんです。
その頃は「知る人ぞ知る」だったのですが、担当者が非常に大きなスケールのプロジェクトとして考えていて、もちろんグッズは作るということで、ある程度絞り込みをした上で始めました。それからアニメ化。今年の10月から第1回目の放送が始まりました。他にも、アプリゲーム化、舞台化はもちろん、いろいろなことを始めています。
市井 展開が広いですね。
重村 オフィシャルガイドブックも無かったので講談社からCDをセットにして発売しましたが、好調に売れています。
ここで重要なのは、権利をキングレコードが100%持っているということです。キングレコードはずっと前から権利ビジネスにもっと力を入れようということを言ってきました。
- ◆会社の「ベクトル」を明確にする
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市井 「会社組織の力より、個人の力によって切り開きビジネスとしても成功する時代となってきていると実感しています。音楽業界における組織が目指すべき理想の形をお聞きしたい」という質問についてはいかがでしょうか?
重村 レコード会社の中で担当者個人の力が大きくなり、自身のチーム・部署を作りたいという人もいますね。
『ヒプノシスマイク』もそうですけど、例えば本部組織を持てば投資ですから当然お金がかかります。経理的な問題、それからライツをどのように展開していくか、そして海外も含め、多角的な展開など、会社にはさまざまな専門家が蓄積されたノウハウを持っていますので、共有するのがいいのかなと思います。
市井 出版社とレコード会社は結構違うと思うのですが、重村さんは講談社さんからキングレコードさんにいらして、驚いたこととか、違いとか、それをベースにしてキングレコードさんではどんなことを実行されたのでしょうか?
重村 講談社は社員が1000名ぐらいの大きな総合出版社でした。キングレコードは200数十名ぐらいです。直接比較することはできないですが、キングレコードに専務で来た年に、意思決定、情報共有、権限を与えて現場中心でやった方がいいのではないかなど、執行役員制度を提案しました。翌年にその提案を受け入れてもらってから回り始めましたね。
私は「ベクトル」と呼んでいるのですが、「会社がどこへ行こうとしているか」というのが社員によく見えていないので、社長になったときに中期事業計画を導入しました。全社員を巻き込んで、「キングの将来像をみんな語ってくれ」と。「どういうことが足りない?」、「こういうことがあったらいい」というのを、3年に1回書いてもらいました。第1次中期事業、第2次、第3次と9年間。それで現場の意見を吸い上げて、ヒアリングをしながら「じゃあこれはやろう」、「これはちょっとまだ早いね」とかね。
例えば、パッケージは配信と違って利益率、売上高が非常に大きいんですね。パッケージを維持せずに、配信だけとなった場合は利益も売上も上がらないということはあります。だからまずはパッケージの売上確保、そして2番目が権利ビジネス。権利ビジネスを持たない限り、利益を確保するのは簡単ではないと。3番目は、そうは言っても「新規ビジネスを始めよう」「チャレンジしていこう」と、その3つの大きな目標を全社員に提案して、自由に意見を聞きましたね。
- ◆ビジネスの成功を導く「半歩先」とは
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市井 「音楽に限らずさまざまなエンターテインメントビジネスで成功と言える収益を上げるには、不確実なものに重要な要素が多く含まれていると感じることがありますが、何が特に重要でしょう?」
重村 大変深い質問ですね。初めてやる作品にしてもファンにしても、時間、タイミング、この辺をキャッチするのは非常に難しいと思います。
僕は講談社にいたときに原価計算をやったことがあります。会社は投資するためのお金を持ってないと困るんですね。それを潤沢に持つためには原価の構成を経営でよくチェックして十分にフォローする。「じゃあやってみたら?」というのはそういう裏打ちがあるんですね。それと先程も申し上げたように、現場の熱意、挑戦を会社として信頼して任せると。失敗をしたから咎めるということは基本的にありません。そういう雰囲気作りも会社としては大事だと思います。
市井 キングレコードさんの場合は各ビジネスの現場の方たちが、PL、損益とかを管理されているんですか?
重村 製作担当者までPLを見なさいと言っても難しいと思うんですね。それは局長や執行役員、部長職の人たちがハンドリングすればいいと思います。
市井 あまり数字が見えてしまうと現場がトライすることを恐れてしまうということですかね?
重村 そうですね。やっている本人は良いものを世に出して、いかに多く売るか。それだけで構わないと思っています。
市井 「新しいビジネスを仕掛けるタイミングを誤ってしまったことはありますか? あの時こうすればよかったと後悔した判断はありますか?」 この2点はいかがでしょうか?
重村 講談社の新雑誌が成功しなかったことが印象に残っています。そのときに会社のある人から言われたのは「一歩先を読んだら失敗するぞ。読者の半歩先を読め」と。「半歩先で出していかないと読者はついてこないよ」ということですね。感性の鋭い人、頭の良い人に限ってタイミングが早過ぎるという場合があるんですね。「半歩先」の意味を意識することが大事な事だと思います。
- ◆仕事、そして自分自身との向き合い方
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市井 重村さんが働くうえで1番大切にしているものは何ですか?
重村 仕事って1人で完結しないので、取り巻いている人たちとのコミュニケーションが欠けたら歯車が動かなくなるんですね。どんな小さなことでもきちんと関係者に連絡をしておくこと。もう1つは自分がやろうとしていることをわかってもらう、自分から発信することが大事だと思うんですね。あの人はこういうことをこのアーティストに、作曲家に、作詞家に求めている。社内外でそういうことをオープンにしながら意思を持って目指していくことが大事だと思っています。
市井 20代、30代、40代になったらこうした方がいいよと、今回の受講者のそれぞれの世代にアドバイスをいただけませんか?
重村 20代、30代だからというセグメントはあまり意味がないと思うんですね。自分自身を思い返すと、20代の若いうちは、与えられた仕事をとことん突き詰めて、のめり込んでそこにおもしろさを見つけていったと思います。テクニックの問題ではないと思うんです。とにかく自分でいろいろな工夫をする。その工夫の中に何かヒントがあると思います。
市井 歴史の見方の質問がありますが、それに対してはいかがですか?
重村 僕は若いとき、幕末・明治が好きで、手当たり次第に関連書を読むようにしていました。人物伝に限ってしまうとだいたい見方を間違ってしまうことが多いんですね。
例えば、信長、秀吉、家康は昔から読まれていますけど、最近流行っているのは海外から見た日本の戦国時代です。鉄砲がなぜ種子島に来てすぐ日本人が作り始めたか? あるいはキリスト教が日本にどういう影響を与えたのか? ポルトガル、その後スペインが来る。そのときに日本にどういう影響をもたらしたのか? それが信長と秀吉と家康にどういう影響を与えたか? そういう多角的な見方もありますので、歴史というものを一方的に見ない方がいいなと思っています。
市井 その流れでいくと、座右の銘はお持ちですか?
重村 これ一番恥ずかしいんですよね……。僕は「生かされて生きる」ということをずっと思ってますね。自分自身の意思だけで生きているように思うんだけど、親や友人、会社とかいろいろな人との中で自分が育ち、そういう人たちのおかげで生かされている。生かされているのを基にして自分の力で生きていこう、そんなことしかありません。
市井 「プライベートで何か意識的に取り組んでいることありますか?」ゴルフ以外でありますか?
重村 明日もゴルフなんですよ(笑)。
自分の考えることは偏っていないか? どこか違うんじゃないか? というのはずっと意識していますね。自分という人間は左脳を使い過ぎているので、できる限り右脳に刺激を与えるような、ウォーキングしながら花や植物を見るとか、風や自然を感じるようにして、左右の脳でバランスを取ることだけは気をつけています。
市井 「仕事のオンオフの切り替えはした方がいいですか? その方がたくさんのアイディアが湧いてくるでしょうか?」というのはいかがでしょうか?
重村 僕自身は、仕事だったら仕事、趣味だったら趣味にのめり込む。だからあまり「はい、オフの時間です」とかスイッチの切り替えは必要ないのかなと思っています。
市井 重村さんはプレッシャーには強い方なんでしょうか? 弱い方なんでしょうか?
重村 プレッシャーには非常に弱いですね。こう見えても元々人前で話すのもの苦手だったんです。ダメージを受けること、失敗したこともたくさんあります。だけど失敗のことだけを考えても仕方がないので、目の前の仕事、小さな仕事を完全にやろうと、人よりもより良くやろうと考えています。ダメージは、小さな成功を2つぐらい重ねれば忘れちゃうんですね。その小さな成功を積み重ねれば、だんだん大きな成功にもつながってくるんじゃないかと思っているんです。だからダメージを受けて2~3日は悩んでもいいけど、目の前にもらった仕事をどんどんやっていくということが1番前向きになれる方法かなと思っています。
- ◆コロナをいかに活かしていくか?
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市井 新型コロナウィルスの影響に関しては、どう思われますか?
重村 コロナ禍によりライブ、プロモーション、店頭イベント、即売会などの接触系のイベントも行えない状態です。これまでライブ・エンタメ市場は順調に伸長し、2019年は過去最高の6295億円となりました。今年の予想は1836億円、3割弱にも満たない水準と、6月にぴあ総研が速報値を試算されています。
このような中で、無観客の有料配信ライブが数多く開始されています。6月にサザンオールスターズが横浜アリーナで開催した無観客ライブは、3600円のチケットを18万人が購入し、家族や友人同士で観ますから、総視聴者数は推定50万人にもなりました。
韓国のアーティストBTSは、韓国、アメリカ、イギリス、中国など世界中107の地域でライブ配信を行い、最高同時接続者数は約76万人という驚異的な数字が公表されています。
マネタイズしてもなかなか思ったように売上が上がらないという方もいますけど、こういうことが少しずつですが始まっていると思います。
市井 ライブ配信は、コロナ禍であってこその動きですよね。
重村 そうですね。ご存知の方も多いと思いますが、VIPOさんが事務局になっている経産省の878億円の補助金「J-LODlive」では、延期、中止したコンサートの主催者が、新しい公演を行う際に一部の費用を支援しています。応募者がどんどん増えていて、大変有効に使われているのではないかと思います。この補助金をフル活用して世界展開を図るとともに、アーティスト、主催者に力付けをしたいと思っています。
市井 ありがとうございます。VIPOとしても全力で支援に協力していきたいと日々奮闘しています。
最後に、現在の状況が簡単には解決できないなと皆が感じていると思うのですが、音楽業界という切り口プラス、ビジネスマンとしてこの新型コロナとどうつき合っていくべきかと。
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重村 今生きている私たちがこういう大きな変革にぶつかったというのは初めてのことかもしれないですが、日本人でいうと第二次世界大戦も大きなショックだったわけです。戦争に負けることによって価値観が180度変わったこともあります。この価値観の変革というのは僕たちが想像できないくらいです。
ある人が「中国のあるプラットフォームがどうしても日本のゲームを欲しがっている、ぜひ紹介してほしい」と言ってきました。中国は巣ごもり消費が急増していますから、その人たちに彼らが作り始めているんですね。だから我々は与えられた条件の中でできることをやりつつ、手探りで広げていくというのが大事だと思います。心配をしながら“ちゃら”にしていくというのが、今我々の置かれている産業界ではないかなと思います。市井さんはどう考えていますか?
市井 同感です。コントロールできないですからね。この中でいかにベストを尽くせるか、何をすべきかを常に考えていくしかないと思います。私たちも、春は一旦この「VIPOアカデミー」を中止しました。でも、秋にリアルで開催できない場合に備えてオンラインの勉強をしてきたので、今こうして開催できています。ですから常に最悪なことを考えながら準備をすることだと思いますね。
重村 最後に申し上げておきたいのですが、レコード産業の原点は「新人アーティストの育成」と「ヒットの創出」です。ヒットの定義も、ストリーミングの隆盛などネット時代を受け、これまでのような「ミリオンアーティスト」という括りだけでは語れなくなっています。とはいえ、いかに次の世代のアーティストを育てていくかということが原点であり、最大のテーマです。
市井 「次の世代を育てる」ことはどの世界でも共通して重要なことですよね。
重村さんは素晴らしいご経歴があるにも関わらず、2008年に初めてお会いしたときからとても丁寧で、紳士な方というのが私の強い印象です。今日は本当にありがとうございました。
- 重村博文 Hirofumi SHIGEMURA
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キングレコード株式会社特別顧問 一般社団法人日本レコード協会会長
- 生年月日:1949年11月3日
1973年 株式会社講談社入社
1999年 同社書籍販売局長
2007年 同社販売促進局長(役員待遇)
2008年 キングレコード株式会社専務取締役
2009年 同社代表取締役社長
2019年 同社特別顧問(現職)
2010年~ 一般社団法人日本レコード協会理事
2012年~ 2016年同副会長
2017年 同会長就任(現職)
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