VIPO

インタビュー

2000.01.09


内閣府に聞く――「新たなクールジャパン戦略」で再設定されたチャレンジングな目標と、基幹産業として位置づけられたコンテンツ産業に求められるもの
2024年6月に、内閣府の知的財産戦略本部にて「知的財産推進計画2024」と「新たなクールジャパン戦略」が発表されました。国としての目標が再設定され、コンテンツジャンル毎の現状分析、方向性、施策を示されたことで、コンテンツ産業は新たなステージに進みました。今回のインタビューでは、コンテンツ産業において、設定された目標を達成するためのポイント、海外へのビジネス展開力を高めるための方策や人材育成についてなど、内閣府の知的財産戦略推進事務局長の奈須野 太氏にお話しをお伺いしました。(2024年9月27日実施)

 
 

< 目 次 >

 

基幹産業と位置づけられたコンテンツ産業の課題
「SHOGUN 将軍」のエミー賞受賞でわかった、世界が求める本物の日本
海外展開を見据えた商慣習と労働環境の改善
 

「映画戦略企画委員会」は、是枝監督が提案する日本版CNCへの第一歩
議論を重ねて一歩一歩前進する
 

進捗管理と達成状況の評価方法
進捗管理に不可欠な官民のデータ提携
 

製作委員会方式からファンド方式へ
既存ファンドの活用と特性に合った仕組み作り
 

独自のプラットフォームを育てる
海外展開をサポートする補助金の例 ―― 経産省の「JLOX+」
ジェトロ(日本貿易振興機構)活用における課題
 

不足している人材の特定と必要な教育内容の明確化
目的に合った育成の方法と既存サポートの活用
海外で学んだ帰国者の受け入れ
 

法を順守した労働環境改善への意識改革
 
 

「新たなクールジャパン戦略」で再設定された目標と達成へのステップ

基幹産業と位置づけられたコンテンツ産業の課題
 
VIPO専務理事・事務局長 市井三衛(以下、市井)  まずは、6月に発表された「新たなクールジャパン戦略」におけるコンテンツ産業の位置づけと取り組みの方針・方向性について、お話を伺えればと思います。
 
内閣府 知的財産戦略推進事務局長 奈須野 太氏(以下、奈須野)  「新たなクールジャパン戦略」では、コンテンツ産業を日本の基幹産業と位置づけ、PDCAサイクルを高速で回しながら産業の成長と海外展開の推進を進めていく方針です。
コンテンツ産業活性化に向けた司令塔として、「コンテンツ産業官民協議会」と「映画戦略企画委員会」が設置され、9月9日に総理大臣出席のもと、第一回の会議が開催されました。VIPOからは市井さんにもメンバーとして参画いただいています。
昨年のインタビューで取り上げたクリエイターなどの支援・人材育成の課題については、官民を挙げての対応や検討が必要であるとともに、コンテンツ産業界には長年の取引慣行、労働慣行の見直しを進めてもらうべきことも多々あると思っています。
具体的な構造改革に向けた対応としては、出資余力の大きい大企業中心になりがちな「製作委員会」方式の見直しや、「日本映画制作適正化機構(映適)」の活動評価などです。これらを含めて意見交換を進めたいと考えています。
 
 

「SHOGUN 将軍」のエミー賞受賞でわかった、世界が求める本物の日本
 
市井  「新たなクールジャパン戦略]では、経済効果として2033年までに50兆円規模、2028年までに30兆円以上目指すとのことですが、この大変チャレンジングな目標を達成するための鍵となるポイント、達成へのステップをお聞かせください。
 
 


※出典:「新たなクールジャパン戦略」(重点的な取組)p.1より

 
 
奈須野  目標達成のためにはPDCAサイクルを回しながら官民で着実に進めていくことが必要なので、前提として統計データで実態を把握していきます。
大きな観点として、何よりも再投資への好循環と分野間の好循環を確立し、日本ファンを国内外で拡大していくことが重要だと考えています。
外国人の方々は日本の本物の魅力、オーセンティックな価値を求める傾向が強いという点は、我々が認識しておくべき重要な視点だと思います。
先日第76回エミー賞で俳優の真田広之氏がプロデュースと主演を務めたドラマシリーズ「SHOGUN 将軍」がドラマ部門の作品賞のほか、主演男優賞など18の賞を受賞しました。1シーズンとしてエミー賞史上最多の受賞記録を打ち立てる快挙を成し遂げられました。
日本のコンテンツを海外に持っていくには、英語に吹き替えたり、海外で認知のない日本人俳優ではなく米国人俳優によるリメイクが必要だとする固定観念がありました。しかし、実は外国の方はありのままの日本に価値を置いてくれていることが分かり、コンテンツ産業の海外展開の大きな足掛かりになったのではないかと思います。
 
 

海外展開を見据えた商慣習と労働環境の改善
 
コンテンツ産業の目標には海外展開の市場規模が取り込まれており、海外展開を前提としたビジネスモデルを構築していく必要があります。そのためには、長年の商慣習や労働環境の改善を行い、国際水準レベルでのコンプライアンスの遵守、適切な収益の配分、デジタル時代に合った契約形態への見直しなどが不可欠です。
 
 


※出典:「新たなクールジャパン戦略」(重点的な取組)p.2より

 
 
今年の11月1日からフリーランス新法が施行されて、フリーランスとの取引についても通常の下請企業同様の取引関係の法律が適用されることが明確になり、公正取引委員会と中小企業庁がその監督にあたります。これにしっかりと対応することが必要となります。
加えて、海外展開を担う専門人材の育成も急務の課題です。まずは業界のニーズを明確にすることを第一歩とし、そのうえで教育機関との連携で人材育成の強化充実を図ることが必要でしょう。
海外での海賊版対策にも万全を期していかなければなりません。9月30日には海賊版対策の官民実務者協議会が我々主催で開催されます。情報を共有してベトナムなどにおける海賊版サイトの根絶に取り組んでいきたいと思っています。
 
市井  目標達成のために重要なことは、官民が一体となって多方面から取り組みを進めていく必要があるということですね。
 
 

新たに設置された二つの会議の役割

「映画戦略企画委員会」は、是枝監督が提案する日本版CNCへの第一歩
 
市井  今年9月に設置された「コンテンツ産業官民協議会」と「映画戦略企画委員会」について、それぞれの位置づけと目標をお聞かせください。
 
奈須野  関係省庁やクリエイターなどコンテンツ関係者から構成される「コンテンツ産業官民協議会」と映画に特化した「映画戦略企画委員会」は、コンテンツ産業の活性化に向けた司令塔としての役割を担っています。具体的には、クリエイターの労働環境整備や海外展開の推進、デジタル化に対応したコンテンツ産業の改革、海賊版対策、クリエイター支援制度の在り方などについて議論を行い、官民が一体となって進捗状況を確認しながらPDCAサイクルを回していくことが主な任務です。
 
市井  映画だけではなく、アニメやゲームなど、各ジャンル別に戦略企画委員会を開かないと、各ジャンルの課題が明確にならないのではないかと思いますが、仕組みを変えるのは簡単ではないのでしょうか?
 
奈須野  是枝監督からの日本版CNC*(セーエヌセー)を作るべきだとの提案が直接岸田前総理大臣に伝わった結果、「映画戦略企画委員会」が作られ、映画やアニメなどの映像分野の改革へ向けた議論をしていく手順となっています。他分野への同時展開は現実的に難しい面もあり、今テーブルに乗っている課題を解決することが優先だと考えています。
*フランス国立映画映像センター(Centre national du cinema et de l’image animee)
 
市井  映画分野での議論が実を結べば、次のステップとして他のジャンルに広がっていく可能性も十分にあるということですね。
 
奈須野  あります。別のアイデアが出て議論されることもあると思います。
 
市井  海外では日本のアニメが高い人気を博していますが、実写を含めた広い範囲で議論されるということですね。
 
奈須野  おっしゃる通りです。今海外で人気のあるアニメの勢いを借りながら、映画産業全体底上げを図っていきます。
 
市井  短期的にはアニメの強みを最大限に活用しながら、中長期的には実写作品の制作・発信力強化もバランスよく進めていくことが重要ですね。
 
 

議論を重ねて一歩一歩前進する
 
VIPO事務局次長 槙田寿文(以下、槙田)  「映画戦略企画委員会」は、年度内にあと2回程度開催されると思いますが、そこで令和7年度に向けて、一定の方向性をまとめるのでしょうか?
 
奈須野  期限を切って取りまとめを急き立てるのではなく、丁寧な議論を重ねながら、一歩一歩着実に前進していきたいと思います。
 
市井  そうですね、重要なのは「やった」という雰囲気ではなく、実際の中身です。2年、3年でかけて決まったことを実行に移していくことが非常に重要です。過去にも多くの会議が行われていますが、それなりの結果で終わってしまうことが多いです。今回はしっかりと成果を上げていただきたいと思います。私自身も参加者として貢献していきたいです。
 
槙田  予算についても差し支えなければお話しいただけますか?
 
奈須野  今回の予算要求の中でクリエイター支援に関する文化庁と経済産業省の予算を統合することで、まずは受け皿を作ろうとしています。次のステップは、補正予算でこの受け皿に資金を流し込んでいくことです。補正予算は15カ月予算ですので、年内に通れば、年明けから使用が可能です。(注:その後、年末に補正予算が成立し、文化庁と経済産業省の合計で120億円のクリエイター支援予算が基金化されました。補正予算では同時に、経済産業省で70億円の単年度執行の予算も措置されています。)
 
 

KPI(評価指標)/KGI(目標達成指標)の設定と適切な評価

進捗管理と達成状況の評価方法
 
市井  「新たなクールジャパン戦略」では、KPI・KGIを設定し、データに基づく取り組みの推進を掲げていますが、人材育成のようにすぐに結果が出るものではなく、定量評価になじみにくい施策については、どのように進捗管理をしていくのでしょうか。
 
奈須野  「新たなクールジャパン戦略」では、2033年までに海外展開の経済効果を50兆円以上に拡大する、海外の日本ファンの割合を10ポイント増加させるというKPI・KGIを定めています。
目標達成に向けて、日本コンテンツ・食・製品などから訪日する意向を高めた人や、日本が好きになっている人の割合などのモニタリングを行います。達成状況は関係省庁や業界団体の統計を活用するほか、内閣府でも独自調査を行っていきます。
とりまとめは、毎年策定する「知的財産推進計画」の中でフォローアップをしていきます。そのためにはしっかりとしたデータが必要となりますのでぜひ皆様のご協力をお願いしたいと思っております。
人材育成などの定性的な取り組みについては、ご指摘の通りKPI・KGIによる評価が難しい側面があります。私としては、最終的なゴールへの寄与度合いを考慮しながら、可能な範囲で適切な評価指標を設定していくべきと考えています。
 
 

進捗管理に不可欠な官民のデータ提携
 
市井  民間データは重要ですね。そのデータをベースに支援が決まる可能性が高くなることを業界へ伝えて、データ収集指示の必要があると思います。映像はNetflix、音楽はSpotifyなどからどこまで情報がもらえるか、でしょうか。
 
奈須野  日本のコンテンツホルダーが戦略的に海外展開を進めれば、プラットフォーム側の利益にもつながるので、そこを理解してもらうことが必要だと思います。
 
槙田  Netflixでは総視聴時間のランキングを公開し始めているので、日本のコンテンツの状況が徐々に分かってきています。
2023年のドラマベスト50には多数の韓国作品がランクインしており、日本作品はほとんどありませんでした。映画の場合、北米でクラシック中心に結構な本数が見られていますが、確実に新作が配信される監督は非常に少数です。日本では有名な監督でさえ、全く配信されていないケースもあります。それも一種の指標で、定点観測をして配信されるタイトルが徐々に増えていくことは、大切なKPIとして捉えています。
 
市井  プラットフォーム側は情報提供がプラスになるかどうか慎重に判断すると思います。お互いがウィンウィンの関係になるように、データ収集は「映画戦略企画委員会」のひとつの議題として取り上げたいですね。映画分野で官民のデータ連携が進めば、それを足がかりとしてアニメーションやゲームなど、他ジャンルへの波及も期待できると思います。
 
 

海外展開を念頭に置いた資金調達の在り方

製作委員会方式からファンド方式へ
 
市井  コンテンツ産業の海外展開やIPの多元展開を進めるために、多様な資金調達の在り方が求められていますが、政府として何らかの形でサポートすることはお考えでしょうか?
 
奈須野  従来の製作委員会方式では、外部からの投資を呼び込みづらい構造になっています。
製作委員会方式は、関係者がリスク分散しながら協調して制作できるメリットがある一方で、全員一致でないと物事が決められず機動性に欠けるデメリットがあります。
流通サイドの大企業が製作委員会に窓口権手数料を確保する目的で参加しているケースも多く見られます。このため、製作委員会メンバーが製作委員会から手数料を取り立てる利益相反構造になり、クリエイターやスタッフへの配分が絞られて作品価値が高まらず、製作委員会自体にも収益が残りません。
コンテンツ産業全体が儲からないビジネスになっている状況を改善するには、民間からの資金が集めやすいファンド方式にして、投資家はもちろん、クリエイターやスタッフにも配分できる仕組みが不可欠だと思っています。投資家は手数料ではなく投資価値を見極めて参加します。作品価値を高めて投資を回収する手法に変える必要があります。
その条件が整えば、国も投融資をする一人として参加が可能となってくると思います。
 
市井  韓国でも同様の問題があり、外部資金調達のために政府がある程度完成保証をすることで、投資家が出資する形が増えているそうです。
 
ファンド方式への移行にあたって、政府の取り組みやプロセスをどのようにお考えでしょうか?
 
奈須野  コンテンツ産業への投融資には、主演俳優や監督の降板やスキャンダルなど、固有のリスクに備えた完成保証制度の導入が必須となります。しかし、仮にスキャンダルで監督が代わり、増えたコスト分の保険金が出たとしても、それが誰かの手数料に消えてしまうのでは投資家は資金を回収できません。手数料ビジネスから脱却しないと完成保証制度の意味がありません。
 
 

既存ファンドの活用と特性に合った仕組み作り
 
槙田  一案として、政府が大きなファンドを用意し、その運用益だけを投融資に回し、民間がそれにマッチアップして資金を作っていく方法があります。
例えば、1,000億円のファンドを用意し、毎年3%=30億の運用益があるとします。それに民間がある程度の額を投資し、制作資金としてセレクションを行って進めていくのです。元本には手をつけない前提だとすると毎年運用益30億円が生まれ、資金が減るリスクが避けられます。永続的に運用するマザーファンドのようなものがあれば、その利益だけを活用していく方法もあります。
 
別のアイデアとして、フランスにはCNCが認証している「SOFICA」という一般の人が特定の映画に投資できる仕組みがあります。  
投資する個人や中小企業は年間180万円まで所得控除を得られます。政府が税額控除でサポートするこの仕組みはうまく機能しているので、クラウドファンディングやふるさと納税のような形で導入するのも方法だと思います。
 
奈須野  マザーファンドという意味では、官民の様々な金融機関、財団や投資家がファンドを持ち、運用しています。新たなファンドを作ろうとしても、今あるファンドほど大きなものは作れないので、既存のものを呼び込み、活用するのが良いと思います。
完成保証制度も、保険事故の発生確率は大数の法則に従うので、自前のファンドを作ることの現実性は疑問です。既存の信用保証制度や民間の保険制度などを活用しつつ、コンテンツ業界の特性に合った新たな仕組み作りを検討していく必要があるでしょう。
 
VIPO経営企画部部長 山崎尚樹(以下、山崎)  既存の信用保証制度や民間の保険制度などの仕組み自体を、我々が理解していないように感じます。既にある仕組みをうまく組み合わせれば、コンテンツに応用することができる可能性があると思います。海外展開を進めるためにはリスクを取った資金が必要だと思われますので、業界側が資金調達の仕組みを理解した上で、議論を進めていくべきだと思います。
 
市井  「映画戦略企画委員会」で、ファンドについても、既存の信用保証制度等の活用という点も話し合う必要がありますね。専門家がいないなら専門家をつければ良いということになります。
 
山崎  議論のスタート地点として、国内市場だけでなく海外で稼ぐという話になると、必要な制作資金も大きくなり、資金が足りなくなります。それにどう対応するか、資金調達の仕組みを作る必要があります。
映像業界に限らず、ゲーム業界においても開発費がどんどん大きくなり、より多くの資金が必要になってきていると聞きました。
規模が大きくなることに対応する仕組みづくりは必須だと感じました。
 
 

海外へのビジネス展開力を高めるための方策

独自のプラットフォームを育てる
 
市井  話は変わりますが、OTT(オーバー・ザ・トップ:動画配信サービス)について、民間においては「日本独自のプラットフォームが少ない状況に鑑み、自らの判断に基づく戦略的なコンテンツの海外展開をできるようにするため、各業界が連携・協力し、日本独自のプラットフォームの創出に取り組む*」とあります。
*「新たなクールジャパン戦略」2024年6月4日知的財産戦略本部発行p.32
 
奈須野  これには前例があります。クールジャパン機構が2014年に、アニメの海外配信や物販を多言語展開するプラットフォーム「株式会社アニメコンソーシアムジャパン」に投資を行っています。
このコンソーシアムには、アニメの製作会社や出版社、キャラクタービジネス等を手掛ける大企業が参加してオールジャパンで取り組みましたが、失敗に終わりました。参加企業がこのコンソーシアムに独占配信・独占販売をさせずに、各作品の個別採算性を重視し、他のプラットフォームへも配信権を提供したため、競争力がなくなってしまったことが要因のひとつです。
この失敗から学ぶべき教訓は、ステークホルダーが連携・協力してプラットフォーム自体の競争力向上を目指すべきだということです。
具体的には、プラットフォームに日本の業界が出資をした場合に、出資者には手数料ではなく配当で公平に資金回収できる仕組みが必要です。このことがプラットフォームの価値を高めることに関係者が当事者意識を持つインセンティブになります。
 
市井  OTTのようなプラットフォームの重要性と過去の失敗から学ぶ必要があることは理解しました。ではそれに対して具体的に政府は何をしようとしていますか?
 
奈須野  現時点では次の具体案は持ち合わせません。過去の貴重な失敗をきちんと分析して、次はこうしようという共通理解を持つ必要があります。
 
槙田  北米でのテレビアニメの配信番組数は、日本が8割のシェアを占めています。そういった現実を踏まえたうえでのプラットフォーム戦略が重要です。担当する省庁はわかりませんが、議論が必要だと思います。
 
市井  プラットフォームがあればよいわけではなく、どう使うかが重要です。
個別のIPプロモーションは結局個社のオウンリスクです。強い会社はさらに強くなり、弱い会社はいつまでも弱いままという中で、国としてどうサポートするかを考える必要があります。民間だけに任せずに、この話も「映画戦略委員会」で議論されるべきだと思います。
 
 

海外展開をサポートする補助金の例 ―― 経産省の「JLOX+」
 
市井  制作費ファンドの話にリンクしますが、私たちが経産省の事業の一環として運営している「JLOX+」は、これからファンドを集める企画*1をサポートしています。海外展開するためのシナリオ作成やピッチなどにかかる費用の最大半分を補助します。うまく機能していますが、それだけでは限度があるので別の枠で制作費支援*2もしています。こちらは基本的に大型案件にフォーカスしています。(*1「国内映像企画開発を行う事業(プリプロダクション支援)」、*2「国内映像制作を行う事業(プロダクション・ポストプロダクション支援)」)
 
槙田  この補助金は、製作委員会方式の場合、制作会社が参加し、かつ権利を持つことという条件が課されています。製作委員会方式で進めている人たちからは「実情に合っていない」とクレームを受けましたが、経産省と我々で、今の商慣習・ビジネススキームを変えるための補助金であることを説明しました。「制作会社が権利を持つように変えてください」ということ、「海外展開をしっかりと戦略に書き込んでください」という、2つの条件を付けています。最初は反発がありましたが、徐々に理解してもらえるようになってきたかなと思います。
 
 


※出典:第5回クールジャパン戦略会議 説明資料(経済産業省)p.4

 
 
市井  確かに最初は、現実的に無理があると感じました。制作会社が出資し、さらに申請まで行うという、かなり面倒な作業をする必要があるのですから。でも少しずつ変わってきています。

 
 

ジェトロ(日本貿易振興機構)活用における課題
 
市井  ジェトロの海外事務所にコンテンツ産業の専門人材を配置する取り組みについて、現状の課題をどのようにお考えですか?
 
奈須野  コンテンツ産業の海外展開では、現地のマーケットに応じたきめ細やかな支援が必要です。ロサンゼルス、バンコク、ニューデリーのジェトロ事務所に専門人材を配置し、事業者の海外展開を支援、現地マーケットへのコアネットワークの構築を進めています。予算面での充実は図られつつありますが、人材がまだ十分ではないと思います。
 
市井  この課題を解決するために、どのような方策が考えられますか?
 
奈須野  まず、ジェトロ内部で専門人材をリテインし、マネジメントする体制づくりが急務です。具体的には、海外事務所全体をコントロールするプロデューサー的な人材を登用するというのも一案だと思います。また、専門人材のキャリアパスを明確にし、ジェトロでの経験が次のキャリアステップにつながるような仕組みも重要だと考えます。
 
 

人材育成のカギ

不足している人材の特定と必要な教育内容の明確化
 
市井  コンテンツ産業の人材育成について、現状の課題をどのようにお考えですか?
 
奈須野  人材不足はコンテンツ業界にとって非常に重大な課題です。最初にも言いましたが、どのような人材が不足しているのかを特定することが重要だと思います。検討材料として、各業界における就業構造や産業構造、今どのくらいの人がいるのかを把握することが必要ですのでVIPOさんの取り組みに期待しています。
文化庁でも、アニメーション等人材育成事業の一環としてアニメーターなどに求められるスキルの調査を実施すると聞いています。
プロフェッショナルな人材育成とエントリーレベルの人材育成では、求められるスキルや教育内容が大きく異なるにもかかわらず、その違いが明確にされていないことが課題です。違いや必要な人材像を明確化したうえで、エントリーレベルを育成する専門学校では何を教え、就職後のトレーニングではどのようなプログラムを行うかの役割分担をし、到達度を評価できる仕組みの開発が必要です。
 
 

目的に合った育成の方法と既存サポートの活用
 
市井  アニメ業界に関してですが、エントリーレベルでのハイエンド部分は専門学校ではニーズがないため、教えていないそうです。その部分は、就職後に自社で育てている人たちへの支援をサポートするのが現実的ではないかと考えています。
 
奈須野  働いている人への教育研修は厚生労働省の所管になります。厚労省には社内研修に対する補助や職業訓練制度、求職者支援制度があります。事業主はせっかく雇用保険料を払っているのですから、これらの仕組みを活用して元を取るべきです。ただ、コンテンツ産業に限ったものではなく、すべての業界で共通の仕組みになります。
なお、社内研修に対する補助は、フリーランスは対象外です。非正規でもよいので社員として雇用されている必要があります。
 
市井  これは実例なのですが、ある会社が、専門学校を卒業した20名程度を社員にするために、1年間のトレーニングを提供しています。その間は低賃金で、1年後に社員にするかフリーランスとして業務委託として契約するかを決定します。そのトレーニングに対してサポートはできますか?
 
奈須野  求職者支援制度(ハロートレーニング)がまさにそれです。これまでフリーランスだった人、雇用保険の対象でなかった人向けにトレーニングを提供しています。その間、月10万円の給付金が出ます。訓練前・中・後を通じてハローワークが求職活動をサポートする仕組みになっていて、最終的な就職率の達成度がKPIになっています。就職率が高ければ翌年もこの制度が続き、低ければ打ち切りとなります。
 
市井  それはハローワークが窓口になり、実際の教育は外部に委託している形ですね。
 
奈須野  厚生労働省指定とあるような専門学校は基本的にそれです。ビジネスパソコン、経理など基本的な科目はもちろん、WEBアプリ開発、広告・DTPクリエイター、3次元CAD、ネイリスト養成など、新分野の人材育成プログラムも積極的に提供しています。
 
 

海外で学んだ帰国者の受け入れ
 
市井  海外留学を経験した人材の活用について、政府の取り組みはどうでしょうか。
 
奈須野  厚労省では留学経験者向けの就職相談窓口をハローワークに設けていますが、あまり必要ないと思います。海外で就職した方が給与待遇は良いですからね。やはり競争力のあるギャラを出さないと、留学生は帰って来ないでしょう。
 
槙田  日本のコンテンツ業界は、海外留学の経験を全く評価していないのが現状です。でも、ロケ誘致などが始まると、そういった人材も必要になってくるでしょう。ただ、特に映画業界では「現場経験」を重要視する向きがあります。現場経験がないと役に立たない、と。
実際に過去にアメリカで製作された時代劇で留学経験者が雇われましたが、その人は日本の歴史や所作を理解していなかったために、本人も周りも非常に苦労したという事例を聞いたことがあります。
 
奈須野  たとえ海外で学んでもエントリーレベルの人は経験が乏しく、現場でバリューが出せないから低賃金に甘んじるべきだ、というのは古い世代の時代遅れの考えです。エントリーレベルの人材の初任給は、他の業界や同業他社との賃金レベルで決まる問題です。留学生がカリフォルニアで就職するか、日本で就職するかはマーケットが決めるのです。極端な話、カリフォルニアで年収2,000万円出すなら、対抗上、日本も海外で学んだ人に2,000万円出さざるを得ない。今はそんなバリューが出せなくてもいずれそうなってもらう、グローバル化した世の中とはそういうものなのだと割り切らないと、必要な人材を逃します。
 
市井  アジアでも同様の状況ですね。これからは日本の給与も上がっていく必要があるでしょう。最後に奈須野さんからリクエストがあればお伺いしたいです。
 
 

最後に

法を順守した労働環境改善への意識改革
 
奈須野  コンテンツ業界に優秀な人材を惹き付けるには、労働環境改善とフリーランス取引慣行見直し、賃上げが不可欠だと思います。
特に、映画産業で自主的に進められている映適やスタッフセンターの活動は、フリーランスであっても、労働基準法とのバランスが重要となります。過重労働や過労死を避けるためにも、時間外労働上限の月45時間・年360時間の原則、深夜休日割増など、基本的な部分を労働基準法レベルに揃えてもらう必要があります。そうでないと脱法とみなされ、人権問題として国際的非難を受けます。
 
槙田  映適とスタッフセンターの役割分担や、ガバナンスの問題もありますね。予算措置も検討課題だと思います。業界として、踏み込んだ対応が必要と思います。
 
奈須野  映適やスタッフセンターの活動を国が金銭的に支援することに納税者の理解を得るには、それが適法な活動に役立ち、人権侵害のおそれがないことを担保するため、国としても一定の責任を負うことが避けられません。撮影現場に立入検査に入ることがあるかも知れません。果たしてそれで自由な創作環境が実現するのかどうか、これが本当に皆さんの望んでいることなのか、議論していただいた方が良いと思います。
 
槙田  現場の意識改革は進んできていると思います。まだまだ海外とは開きはあるかもしれませんが差を縮める不断の努力が求められていると思います。映適の普及で意識改革を進めつつ、スタッフセンターの在り方も検討が必要です。
 
市井  急には難しいので、工程表を作って進めていくべきでしょう。
 
奈須野  今やトラックのドライバーにもお医者さんにも労働基準法が適用されています。働き方改革は時代の流れ。それなくして優秀な人材を惹き付けることはできません。このための計画的・効率的な撮影・編集作業やデジタル化はもとより、外部資金の導入などで事業規模を拡大して海外にも展開し、クリエイターやスタッフに収益を還元できるようにしていく構造改革が必要です。
 
市井  貴重なご意見ありがとうございました。
 
 


奈須野 太氏 Futoshi NASUNO
知的財産戦略推進事務局長

  • 経歴:
    1990年 東京大学卒 同年4月通商産業省入省
    2007年 産業技術環境局 技術振興課長
    2009年 経済産業政策局 産業組織課長
    2011年 原子力損害賠償支援機構 執行役員
    2012年 経済産業政策局 参事官(産業人材政策担当)
    2014年 産業技術環境局 環境政策課長
    2017年 産業技術環境局 総務課長
    2018年 中小企業庁 経営支援部長
    2019年 中小企業庁 事業環境部長
    2020年 中小企業庁次長
    2021年 産業技術環境局長
    2022年 内閣府科学技術イノベーション推進事務局統括官
    ~現在に至る


 
 


新着のインタビュー記事はメールニュースでご案内しています。
よろしければ、こちらよりご登録ください。

メールニュース登録


インタビューTOP